WOLF?
「・・・・どーも、ねえ。」 「うーーーーん・・・・」 炎の運び手達が集う本拠地セルティ城のとある部屋で、数名の男達が唸っていた。 頭を付き合わせているメンバーはトレードマークの兜を質素な帽子に変えて武器のかわりに鍬を握ったダンディ・アヒル(?)ジョー軍曹。 普段の服と余り変らないが、いかにも羊飼いっぽい帽子を被ったメルヴィル。 白いふわふわもこもこの着ぐるみをものすごく嫌そうに纏った(ちなみに今は外されているが、彼の衣装には羊の角つきのフードがついている)ゼクセン騎士団きっての男前、パーシヴァル。 中でも一番渋い顔をしているであろう(なんせ仮面があるんで表情が見えない)ナディールとくれば、だいたいの予想はつくであろう。 彼らは今、劇場の次回公演「オオカミ少年」の稽古中であった。 そして初の衣装合わせでもあった今日の稽古で、一部は面白そうに一部は嫌そうに衣装に着替えて顔を合わせた途端、唯一人を除いて全員が複雑な表情を浮かべて悩み出してしまったのだ。 一瞬にして全員に見つめられることになったその唯一人は戸惑ったように全員を見渡した。 「な、なんだよ?」 怒るべきか、どうするべきか、中途半端に一歩踏み出して結局困ったようにそう言った渦中の人物は、ゼクセン騎士団の中でも勇猛で知られたボルス・レッドラムであった。 しかし彼の格好も平素とは違っている。 茶色いふさふさのしっぽ、尖った耳、パーシヴァルの羊着ぐるみと並んで着たくない衣装No.1をひた走る「オオカミ少年」用衣装、オオカミ着ぐるみを着用しているのである。 が、しかし・・・・ 「いやあ、なんというかねえ。」 一人だけ平素と同じ服のナレーター役のナッシュは他のメンバーと違い今にも笑い出しそうな口元をなんとかこらえてボルスの肩をぽんぽん叩く。 訳が分からない、とナッシュを見ながら首を傾げるボルスを横目に、残りのメンバーは顔を見合わせる。 「・・・・何というかボルスさんを見ていると狼とは違う物を思い出してしまうんですよね。」 とうとうポツリと呟いたナディールの言葉にパーシヴァルは大きく頷いた。 「ああ、それはわかりますよ。」 「ほら、あれだろ?あれ・・・・」 ((((・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・犬・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)))) 「そ、そ、そ、そんな事ないです!!」 一瞬心の中で同意してしまった自称聖ロア騎士団の烈火の騎士メルヴィルは慌ててブンブン首を振った。 「メルヴィル、素直なのは良いことだぞ〜。」 もはや完全に遊んでいるナッシュにジョー軍曹も思わず頷く。 「なまじ普段が普段なからなあ。」 炎の運び手として纏まる前からゼクセン騎士団のクリス命っぷりは有名だった。 その中でもボルスは群を抜いている。 いつでもどこでもクリスが呼べば5秒とかからずすっ飛んでくる。 クリスに近づく男には片っ端から牙をむく。 クリスがどこかへ出かける時には必ず同行を申し出る・・・・などなど。 まさしく、ご主人様に仕える忠犬のごとく。 そんな彼がオオカミ着ぐるみ。 オオカミだと言い張られても、どことなし犬に見えてきてしまうのだ。 「いいえ!このままではいけません!!狼が迫力がなくてどうするのです!?ボルスさん!!」 「あ、ああ?」 「外見が駄目なら台詞です!取りあえず一声鳴いてみてください!」 「(外見・・・・駄目なのか?)」 「さあ!!!!」 つかみかからんばかりの勢いでナディールに言われて、なんとなく腑に落ちないものの勢いに押される形でボルスは口を開いた。 「が、がおー・・・・?」 「なんですか!その最後の『?』は!!もっとびしっとです!」 「がおー・・・・」 「そんな弱気な狼がいますか!!!!」 頭を抱えるナディールの向こうでは残りのメンバーがいつの間にか背を向けている。 その背中が微かに震えている事にナディールもボルスも気づいていない。 「ぐ、軍曹殿。尾羽が震えてますよ。」 「そ、そういうパーシヴァル殿こそ同僚が頑張ってるってのに。」 「おいおい、二人とも我慢はよくないぜ。メルヴィルなんか酸欠で死にそうだ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くっ(笑っちゃ駄目だ!笑っちゃ駄目だ!)」 死にそうになって笑いをこらえている彼らを後目に特訓は続いていた。 「貴方は今にも羊を襲おうという狼なのですよ!?がっと噛みつくようにです!さあ、もう一回!」 「がおー」 「そんなおざなりの迫力では駄目です!」 「がおー!」 「そう、その調子です!目の前の獲物に食らいつくように!!」 「がおー!!」 「あと一歩です!!さあ、貴方は狼になるのです!!野生の猛々しい狼に!!!!」 「がおーーーーっ!!!」 それはまさしく、狼の鳴き声であった。 「お」 「おや」 「えー」 「さ、さすがボルスさん!!」 それまで笑いをこらえて傍観に徹していた4人が一部つまらなそうに、一部感嘆した声を漏らす。 見事な狼の声にナディールが感動を隠せない様子で感想を言おうとした・・・・その時だった。 「上手いじゃないか、ボルス。」 凛とした麗しい声がその場に響いた瞬間、特訓は儚く消えた。 「クリス様!!」 間にいる人間をなぎ倒す勢いで(実際は間にいる人間が慌ててよけた)入り口に立っているクリスに駆け寄るボルス。 その姿はまさしく (((((・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・犬・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・))))) 目の錯覚か、作り物のはずの着ぐるみのしっぽが喜びにパタパタ動いているようにすら見える。 「随分可愛い衣装だな。」 「可愛い、ですか・・・・?」 ちょっと凹んだように呟くボルスの頭をちょっと背伸びしてポンポン叩いてクリスは笑った。 「いいじゃない、そんな格好もたまにはね。」 「はい!!本番、是非見に来てください!!!」 輝くばかりの笑顔でボルスが言った。 ・・・・その後ろでは、ナディールが真っ白に燃え尽き、ナッシュが笑い転げている。 「・・・・どうやら私は犬に食べられる羊役をマスターしないといけないみたいですね。」 「パーシヴァルさん」 「パーシヴァル殿」 「「ご苦労様」」 メルヴィルと軍曹にぽん、と肩を叩かれたパーシヴァルはため息をつくように言った。 「いえ、慣れてますから・・・・」 ―― それでもボルスのオオカミ役が可愛いと評判だった事を付け加えておく 〜 END 〜 |